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名古屋高等裁判所 昭和49年(行ス)4号 決定

抗告人 名古屋入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 遠藤きみ 中村巽 ほか二名

相手方 レオ・フランシス・ヒユー

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告代理人は「原決定を取消す。相手方の申立を却下する。申立費用は原審抗告審とも相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由は次のとおりである。

(一)  本件申立は、次に補足するほか別紙意見書第二項記載のとおり理由がないこと明白である。

行政処分が違法として取消されても、その取消の効果は単に行政処分がなされなかつた状態に復するだけであり、また、その後になつて必要があれば改めて右取り消された部分と同一内容の処分をすることを妨げられるものではないから、仮りに本件在留期間更新不許可処分が取消されても、その取消の効果は単に不許可処分がなされなかつた状態、即ち、相手方の在留期間更新許可申請に対し法務大臣が未だ許否いずれとも判断していない状態に復するだけのことであつて決して取消とともに許可処分がなされた状態になるわけではない。したがつて、「旅券に記載された在留期間」の経過している以上改めて法務大臣によつて在留資格が付与されない限り出入国管理令二四条四号ロに該当し、右取消によつて本件退去強制処分が違法として取消されるべきものではない。

(二)  本件退去強制令書発付処分に固有の瑕疵があるとの主張は本件の右処分取消請求事件においてなされていないのであるところ、在留期間更新不許可処分に違法性があり、かつ、それが右退去強制令書発付処分に承継されるという相手方の考え方が肯定されない限り、右不許可処分の違法性の有無が右退去強制令書発付処分取消訴訟の争点でもあるということにはならない。したがつて、「不許可処分の違法が退去強制処分に承継されるかどうかは別として」といいながら「右退去強制処分取消訴訟の主要たる争点は右不許可処分の本案の争点と重複すること明らかである」として「各訴訟事件はなお事実審理を必要とし、今直ちにこれらの本訴請求について明らかに理由がないものと速断できない」とした原決定の判断は誤りである。

(三)  相手方において回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性がないこと別紙意見書第三項のほか次に補足するとおりである。

行訴法二五条は執行不停止を原則と定め例外的に処分の執行により生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合に限り執行停止をすることができる旨を定めているものであるところ、原決定判示の損害は退去強制令書執行に伴い通常当然に予定されているもので特別の損害とはいえず、かかる損害を理由に執行停止が許されるとすれば行訴法二五条の趣旨を無視又は没却されることとなる。なお、相手方は既に宣教師としての活動を行い得ない立場にあり、また、英語教師としての資格で本邦に在留していたものではなく、土地建物を所有し本邦に生活の本拠を有し在来の交友知人関係も多数あることは特筆すべき社会的地位というべきものではないから、相手方が執行停止によつてまで緊急に保全すべき社会的地位を有していると認められるものではない。さらに、相手方は独身であり、本邦に在住する肉親はなく却つて本国に老母と立派に生活している兄弟達がおるのであるから、本国に送還されることによつて直ちに生活困難な立場におかれる心配はなく、五〇才という年令は人生のやり直しのきかない年令ではない。

(四)  退去強制令書のうち収容部分までをも停止した原決定は不当である。送還部分の停止の必要性があるとしても収容部分についてまで執行を停止すべき緊急の必要性はない。

本邦に在留する外国人は、正規に在留する場合であつても、その活動範囲および期間の制限を受け、退去強制令書を発付されたものは収容され、仮りに、仮放免許可がなされる場合であつても種種の制限のもとにのみ在留許可がなされるのであるところ、退去強制令書執行停止により収容部分まで停止されるときは、仮放免の条件等による規制もなく、正規に在留資格および在留期間を与えられている外国人よりも自由にほしいままに在留することが許容されることとなる。この結果令の基礎たる在留資格制度は全く無視され外国人の在留管理制度を根底から覆滅されることになる。

退去強制令書を発付された者を収容する趣旨は送還のためにその身柄を確保することのほか在留を認められない外国人について無用な法律関係の錯綜を避けるため社会から隔離することにもあるから、身辺整理あるいは帰国手続を別として新たな社会関係を発生させたり従来の社会関係を継続させるべきではなく、この意味において収容部分の執行停止決定は不当である。

二  本件記録によれば

相手方は名古屋地方裁判所に対し法務大臣を被告とする在留期間更新不許可処分(以下単に更新不許可処分という)取消請求の訴(同庁昭和四八年(ウ)第九号事件)を提起し、昭和四九年七月三一日本件執行停止の申立をなし、次いで同年八月一日抗告人が昭和四九年七月三〇日付でした外国人退去強制令書発付処分(以下単に本件退去強制処分という)取消の訴(同庁昭和四九年(行ウ)第二一号事件)を前記訴の追加的併合申立として抗告人を被告として提起し、右両事件は現に同裁判所に係属審理されていること、そして右退去強制令書は相手方に対して執行せられたのであるが、右執行されるまでの経過は原決定説示(原決定四枚目表二行目より五枚目表二行目の「護送されるに至つた。」まで)のとおりであることが明らかである。

ところで、相手方において抗告人主張のごとく在留期間更新許可請求に当り出入国管理令(以下単に令という)施行規則二〇条に定める書類の提出がなかつたにもせよなお更新不許可処分が裁量権の範囲を逸脱したものであるか否かの点については事実審理を要するものとみられるところ、更新不許可処分が違法として取消されるときは、相手方の在留期間更新許可請求について改めて法務大臣の処分がなされるまでは、相手方は従前の許可処分の効力により本邦に在留することが許されているものとみるべきであるから、単に「旅券に記載された在留期間」の経過しているというだけで令二四条四号ロに該当するものとして退去強制令書を発付することは、在留期間更新不許可処分と退去強制令書発付処分が一連の手続であると解せられると否とに拘らず違法性を帯びるものと解すべきである。

そうすれば、本件執行停止の申立は「本案について理由がないとみえるとき」には該当しないものというべきである。

三  次に、本件記録によれば、

相手方は、昭和二七年三月キリスト教伝道のため来日して以来、名古屋市北区七夕町宗教法人聖心布教会の宣教師として名古屋市等で宗教活動に従事し、昭和四七年三月同布教会から除名されたため宣教師としての活動が同布教会会員として行えない立場にあり、現に右活動をしていないが、右除名の違法無効を主張し、同布教会を相手方として会員たる地位を保有することの確認を求める訴訟を提起し、右訴訟は現に係属中である。相手方はそのため英会話教授を職業とし、昭和四九年八月当時においては名古屋市内の教会、会社等数個所で英会話を教えていたほか、愛知県立大学、椙山女学園短期大学において講師として勤務し英会話の教鞭をとつており、さらに同年一〇月以降は中京大学の英会話講師となることに内定していたものであり、資産として肩書地に昭和四七年一月頃新築した住家を所有し、交友関係も良好で多くの日本人の知人もある。

以上の事実を認めることができ、右認定の事情によると、相手方は本件退去強制令書に基いて送還された場合はもちろん、送還されないまでも収容を継続された場合においては、既に五〇才に達して築き上げた上記の社会的地位や人間関係が根底から覆えされることは勿論であるが、国又は聖心布教会との間に存する前示訴訟においての訴訟活動にも著しい支障を生ずることは免れ難いところであり、右は回復困難な損害というべく、これを避けるため本件退去強制令書に基く処分の執行の停止を求める緊急な必要があると解するのが相当である。

なお前に説示したような相手方の経歴、職業等からすれば相手方が逃亡したり、社会的危害を及ぼす行状をなす虞はないと考えられる。

四  抗告代理人は、本件退去強制令書に基く収容部分の執行まで停止するときは、在留資格ある外国人より以上に相手方を自由放任の状態に置くことになり、外国人管理制度を根底から覆滅し、在留を認められない外国人について無用な法律関係の錯綜が生ずることとなるから、収容部分の執行停止は許されるべきではない、と主張する。

しかしながら、相手方は前示のとおり従前在留資格の認定を受けて在留することが許可され、在留期間満了前にその更新許可を請求しているものであるから、退去強制令書に基く収容処分が停止されたからといつて、在留資格なくして本邦に入国したものにつき収容処分を執行しない場合とは異なり、その活動につき何らの規制のないまま放置する結果とはならず、従前の在留許可処分時における規制はそのまま存続すると解するのが相当である。したがつて、これと異なる見地に立ち収容処分の執行停止の不当をいう抗告代理人の主張は採用できない。

五  右のとおりであるから、本件執行停止の申立は理由があり、これを認容した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がない。よつて失当としてこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 綿引末男 山内茂克 清水信之)

意見書

一 〈省略〉

二 本件申立は、その本案について理由のないことが明らかである。

1 在留期間更新不許可処分と退去強制令書発付処分とは別個独立の手続に属するものであつて、前者にたとえ違法事由があつたとしても、その違法性は後者に承継されない。

(一) 〈省略〉

(二) 行政法学上いわゆる違法性の承継に関し、その承継の有無を区別する基準は数個の前後する行政行為が一連の手続きを経て終局目的を達しようとするものであるか否かに求められるべきものとされている。

かかる関連が肯定されるときにのみ後行行為は先行行為の違法性を承継するとされるのである。

しかるに、期間更新許否にかかわる手続きと退去強制手続きとの間には右にいうような手続きの一連性及び志向目的の同一性ないし共通性が存しない。

すなわち、期間更新不許可処分を受けた申請人は、通常その現に有する在留期間内に出国することにより、何ら退去強制手続きの対象となることなく、当該期間更新手続きはそれ自体の目的を遂げて完結しているのである。

期間更新許否処分は、それ自体申請人が不許可処分を受けたのちも残留することを予定するものではなく、したがつて、いわんや不法残留後の退去強制手続きを準備しようとするものでもないからである。

しかして、令二四条四号ロの「旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留する」外国人に対しては、令第五章に規定する手続きによつて本邦からの退去を強制することができるのであり(令二四条)、令五章に規定する退去強制手続きは、右令二四条四号ロ該当事実が認められる限り、在留期間更新不許可処分の有無とは無関係に行い得るものである。在留期間更新許可処分がなされた場合に退去強制手続きを行い得なくなるのは在留期間の更新によつて令二四条四号ロ該当事実が存在しない状態になるためであるが、反対に在留期間更新不許可処分がなされても、旅券に記載された在留期間にはなんら変更を及ぼさない。令二四条四号ロ該当の事実は、在留期間更新不許可処分とはまつたく無関係に旅券に記載された在留期間の経過後も在留が継続されているということによつて生じるものであるから、不法残留の認定等が右不許可処分に由来するとの前記申立人の見解は誤りである。

以上のとおり、在留期間更新不許可処分と退去強制令書発付処分はまつたく別個独立の手続きに属する行政処分であるから、その間に違法性の承継なるものは認められず、申立人の主張は明らかに失当である。

2 本件退去強制令書発付処分にかしはない。

申立人の如く不法残留している外国人に対する退去強制手続きは令第五章に基づき行なわれているのであるが、-(中略)-入国審査官の認定、特別審理官の判定および法務大臣の裁決は、いずれも容疑者が同令第二四条各号の一に該当するものであるか否かの点のみを審査し、決定するよう義務づけられているのであつて、同令第二四条各号の一に該当する者につき、事案の軽重その他の事情を考慮する余地は全くなく、しかも主任審査官は、右の認定、判定、裁決の確定次第必ず退去強制令書発付処分をしなければならず(同令第四七条第四項、第四八条第八項、第四九条第五項)申立人が令二四条四号ロに該当する以上令書発付処分をするか否かの裁量の余地はないのである。

申立人に対する退去強制手続きは令に定めるとおり行われたものであるから何ら違法をいう余地のないものである。

3 (前略)

本件在留期間更新不許可処分は適法である。

(一) 令二一条三項によれば、在留期間更新許可申請に対し、「法務大臣は当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。」とされており、そして出入国管理令施行規則二〇条は、右申請に当つては、申請者は、申請書及び在留期間の更新を必要とする理由を証する書類を提出すべきものとしている。

(二) 申立人は、本件在留期間更新許可申請の際、法務大臣に対し、申請書(疎乙第一号証)及び上申書(疎乙第二号証の一、二)を提出したが、同申請書には、過去二〇年間にわたり申立人の身元保証を行つてきた聖心布教会からの身元保証書の提出ができないが、なお引き続き在留期間更新を許可されたい旨記載されているのみで、その他にはなんら在留期間更新を適当と認めるに足りる相当の理由の存することを示す書類の提出等がなかつた。

(三) そこで法務大臣は、処分の慎重を期するため調査したところ、次の事実が判明した。

(1) 申立人は、昭和四七年三月二二日聖心布教会から除名処分を受けたこと、同除名処分は同年四月一三日付けでローマ法皇庁及び修道省によつても承認され、同日付けで申立人に対し修道省により同人の聖職停止を宣言する旨の決定がなされていること、したがつて、申立人は本件在留期間更新許可申請当時、令四-一-一〇の「宗教上の活動を行うために外国の宗教団体により本邦に派遣される者」に該当していないこと、さらに申立人が従前属していた聖心布教会はもはや申立人の身元保証を行う意思がなく、またこれにかわる他の身元保証もないこと(以上疎乙第四号証ないし第七号証の一、二並びに第一〇号証ないし第一二号証の一、二)。

(2) 申立人自身も右除名処分を契機として昭和四七年三月頃から宣教師としての活動を一切停止し、以後は在留資格の変更手続き(令二〇条二項)や資格外活動の手続き(令一九条二項)などを一切行わないまま、学校、民間会社等においてもつぱら英語講師としての活動を継続していること(疎乙第八号証及び第九号証の一ないし七)。

(四) その結果法務大臣は、申立人が令四-一-一〇に該当せず、また、従前の在留活動の内容を考慮しても、在留期間の更新を適当と認めるに足る相当の理由があるとは認められなかつたので、本件在留期間更新不許可処分(疎乙第三号証)をなしたものである。

(五)(1) 〈省略〉

(2) 申立人は、本案訴訟において申立人の適法な申請を格別拒否すべき事由がないのにかかわらず不許可にしたことは、法務大臣の裁量権の範囲を越えてなされた違法な処分である旨主張する。

しかし、外国人の入国ならびに滞在の許否は、当該国家において自由に決しうるものであり、特別の条約の存しない限り国家は外国人の入国または在留を許可する義務を負うものではないというのが、国際慣習上認められた原則である。

そして、前記のとおり法務大臣は当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるときに限り在留期間の更新を許可することができるものである。

すなわち、在留期間の更新は、その申請があれば原則として許可されるというものではなく、また不許可とするについて格別の理由が必要であるというものでもない。むしろ在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由の存することが許可の要件とされており、その許否は法務大臣の広範な自由裁量に委ねられているのである。

したがつて、令二一条が外国人は在留期間の更新を申請することができる旨を規定しているからといつて、令は外国人に在留期間の更新を受ける利益を権利として付与したものということはできず、法務大臣の自由裁量によつて恩恵的に在留期間の更新が許されるのであるから、右申請をした外国人は単に更新申請が許可されることがありうるという事実上の期待をもつにすぎないのである。(昭和四三年四月九日大阪高裁第二刑事部判決)

まして、本件不許可処分においては、法務大臣は、前述したとおり在留資格に関する事項のほか従前の在留状況について実体的に調査し、その結果においても在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものと認められなかつたので、不許可としたものであつて、そこにはいささかも裁量権の逸脱はなく、同処分は適法である。

(3) 申立人は、本案訴訟において目下聖心布教会を相手として、同布教会からの除名処分の違法を理由に、布教会会員地位保有確認の訴えを提起し、同訴訟が係属中であるので、該事件の判決に先立ち、申立人が宣教師あるいは修道者としての身分を失つたものとしてなした本件不許可処分は法務大臣の恣意によるばかりか、申立人が本邦に在留することが認められなければ右訴訟の継続が不可能となり、何人といえども享有し得べき日本国内の裁判所において裁判を受ける権利を申立人から奪う結果を招くものであるから、同処分には違憲の疑いさえ存する旨主張するもののようである。

しかしながら、前記訴訟が係属中であるからといつて法務大臣がその故に在留期間更新を許可すべき理由もないことは後記のとおりであり、また、在留期間更新申請に対する許否の決定を右訴訟の終結時まで延期しなければならない理由もない。要は、許可・不許可の決定にあたり、法務大臣が適正な事実認定に基づいてその処分をなせば足りるのであつて、本件不許可処分は法務大臣としてむしろ当然の措置をとつたまでのことであつて、申立人の右主張が失当であることはいうまでもない。

更に申立人は、訴訟継続不能を云々するが、申立人が本邦に在留し得ないことによつて日本国の裁判所に係属している訴訟の追行になにがしかの不便が生じることは予想されるとしても、右訴訟において訴訟代理人が選任されているのであるから、訴訟の追行に格別の障害はないはずで、将来仮に当事者本人尋間などのため、申立人が本邦に入国する必要が生じたとしても、その場合には、令所定の手続きによりあらためて本邦に入国することも不可能ではない。したがつて、本件不許可処分は、なんら申立人の裁判を受ける権利を奪うことにはならない。

以上のとおり本件不許可処分が違法であるとの申立人の主張は、まつたく理由がない。

三 申立人には、回復の困難な損害を避ける緊急の必要性がなし。

1 申立人は、「当該処分の執行ないし手続の続行を停止しないときは、申立人は即刻国外へ送還されることとなり、斯くては、最早や行政訴訟本案の判決を得てもこれが無益となり、回復し難い損害を蒙ることは明らかである。」と主張する。

しかし、右申立人主張の損害は、退去強制処分に伴い必然的に発生するものであるから、これをもつて執行停止の積極的要件である回復困難な損害ということはできない。

2 申立人は、現在、本件行政事件訴訟の他、聖心布教会に対し民事訴訟を提起し、御庁に係属中のようであるが、前記のとおりこれらの訴訟にはいずれも同一の訴訟代理人が選任されているのであるから、申立人が本邦に在留していないことになつても、訴訟追行に格別損害を来たす虞れはなく、また申立人は単身者であつて、本邦に家族も居らず、また、従前の申立人の本邦における活動内容を考慮してみても、現在申立人に回復の困難な損害を避ける緊急の必要性があるとは認められないものである。

仮に、万一、本件申立が認められて収容部分の執行をも停止されるならば、次のような不当な結果をもたらすこととなる。

すなわち、本邦に在留する外国人は在留資格(令四条、一九条)をもつて在留するか、例外として認められた在留形態(令一四条ないし一八条)で在留するかのいずれかの方法によつて在留するのが出入国管理行政上の建前である(令二二条の二および法律一二六号二条六項による在留資格なき在留は在留資格への過程にあるにすぎない)。しかるに、退去強制令書の発付を受けた者が本案判決確定まで収容部分の執行をも停止されるとするならば、在留資格もなく、また、退去強制令書に基づく仮放免許可による規制を受けることもなく、長期間全くの放任状態におかれるという出入国管理行政上あり得ない在留形態の外国人の存在を認めることとなる。これを申立人についていえば、本案請求が認められて本邦に在留できることとなつた場合よりもさらに有利な条件で本案判決が確定するまで在留できることとなるのであつてこれは出入国管理行政の秩序を紊すばかりでなく、訴訟の迅速な進行上も好ましくない結果をもたらさないともかぎらない。

したがつて、送還可能となるまで身柄の拘束を解いておくとしても、少なくとも令五四条二項に基づく住居、行動範囲の制限、呼出に対する出頭の義務、その他必要と認める条件を付しておく必要があるところ、収容部分の執行停止は、逃亡を防ぐための最小限の担保である右条件の附与すらも不可能とするものであつて、断じて認められるべきではない。

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